田中圭一のゲームっぽい日常 アイドルが必要とされる時

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子供のころから、ずっとアイドルにはハマらなかった。

中学生にもなると、クラスメイトたちがアイドル歌手やら俳優に夢中になり、プロマイドやらミニポスターを学校に持ってきては、そのアイドルがいかに魅力的なのかを熱く語りあっていたが、ボクはそれを横目で見つつ、しらけた気分でこう思っていた。

「どんなに好きになったところで、そのアイドルとお付き合いできるわけでもないし、そんな手の届かない場所にいる異性に、どうして夢中になれるのか?」と。

そして同時に「アイドルに夢中になる時間と情熱があるのなら、手の届く場所にいる異性にそれを振り向けた方が現実的だ。」と考え、一貫してお付き合いが可能な距離にいる異性(クラスの女子など)にしかボクは興味を持たなかった。

考えてみたら、ボクにとって恋愛とは「会話が可能であること」が大前提だったのだ。スクリーンやTV画面の向こう側から話しかけてくるアイドルとはそれが成立するはずもなかった。

この考えは20代も30代も変わらなかった。

ところが40代後半のある日を境に、ボクはとあるアイドルにハマってしまった。

ボクの40代はうつ病に始まりうつ病に終わる、まさに暗黒の10年だった。うつトンネルの中で「どうすればここから脱出できるのか?」だけを考え、色々な策を試したものの、さしたる効果も無く、「もう脱出は不可能」とあきらめかけていたころ、なんの偶然かポッドキャストなるものを知って、気晴らしにと、色々ダウンロードしてはiPodで聴いていた。

アニメを語るウェブラジオ、科学の最先端情報を伝える番組、女子大生たちによる井戸端会議、人気ラジオ番組の裏話など、様々なジャンルのポッドキャストをダウンロードして楽しんだ。

いや、楽しんだ、というのは語弊がある。うつ病の渦中にあって、音楽やTV番組の多くを「楽しめない」精神状態にあったため、ポッドキャストも一時的な気晴らし程度、いや気晴らしにさえならない、暗いことを悶々と考えないための単なる時間つぶしとして機能した、と言った方が正確だった。

その中で、とあるアイドル声優さんが「身の回りに起こったことをつぶやくだけ」のポッドキャストがボクの気に止まった。

アイドル声優と言っても、人気アニメに出演しているわけでもなく事務所にも所属しないインディーズに近いくらいのポジションにいる声優で、さりげない日常を短く語っただけの内容だった。しかし彼女はそれを毎日欠かさずアップしていた。5分程度の長さであったが、毎日休まず、仕事のこと、家族のこと、友人のこと、趣味のこと、悲しかったこと、嬉しかったこと、視聴者への励ましや感謝など、つぶやいてはアップしていた。

暗いうつトンネルの中、必死で孤独と戦っている当時のボクにとって、イヤホン越しに聞こえてくるなにげない毎日の報告が、心地よかった。アイドルのポッドキャストを聴いているはずが、いつの間にか親しい身内(妹のような)と会話しているような錯覚に陥ることもあった。

そう、40代後半にして初めて理解できたのだ。多くの人がアイドルにハマる理由を。それがうつ病脱出の一助になったかどうかは不明だが、一時的とは言え確実に心が安らいだ。

2012年、色々あってうつトンネルから脱出できたころ、あのアイドル声優のTwitterアカウントを見つけてフォローした。もう彼女のポッドキャストを聴くことはなくなっていたけれど、彼女のツイートは時々読んでいた。最近はTVアニメへの出演も増えてきて音楽活動もやっているらしい。

そんなある日ボクは、彼女のツイートで、彼女がボクの連載マンガ「うつヌケ ~うつトンネルを抜けた人たち~」を愛読しているという事実を知ることになる。なんという幸運だろうか。うつ病で苦しんでいる最中に、心を軽くしてくれた声優さんが、ボクの描いているうつ病脱出マンガを読んでくれているとは。

そして、なんと、今年の夏コミケで、ボクのブースを訪ねて来てくれたのである!

そこで、うつ病時代にポッドキャストで救われたことなども伝え、彼女が差し出した「Gのサムライ」に・・・サインさせていただきました。(^^;)

・・・まぁ、とにかくみんな、アイドルに一度はハマってみるもんだぞ。

タグ , | 2020/06/16 更新 |