田中圭一のゲームっぽい日常 無料で描くことの難しさ

4年前、地方にある喫茶店のオーナーから「店に飾るので大きなイラストを描いて欲しい」との依頼があって引き受けた。実はその際オーナーから「お店の経営も思わしくないので、無料で描いていただけないか。万一こっちに来ることがあれば食事をご馳走するから。」さらに「田中さんがデビューした時からの熱心なファンで、今も応援している。」と言われ、こころよく引き受けることにした。

それからしばらくして、オーナーから「年も改まったのでテーマを変えて新しいイラストをお願いできないか?前のイラストはとても好評で、常連客も田中さんのファンになってくれた。」との連絡があり、引き受けることにした。ただ、それも無料で描いて欲しいということだった。その時は「まぁ、ファンも増えたことだし、いいか。」と思い、再び無料でイラストを提供した。そして翌年も、年が改まる度にイラストを描いた。

そして4年目になる今年の1月、オーナーから「今年のテーマは・・・」というタイトルでメールが来た。

さて、ここへ来てボクも色々と考えることがあった。お店の経営が厳しいから、ファンだから、常連客がファンになってくれるから、こういう理由でイラストを毎年無料で描き続けて、それが常態化してしまった。オーナーからは、さも当然のように「今年のイラストは○○なテーマでお願いします。よろしく!」という軽いメールが毎年届く。

さすがに「そろそろ原稿料をいただけないか?」という返事を返したら「そのうちご馳走させてくださいね。」という明るいメールが来た。つまりは「今年も無料で」という意味らしい。なので丁寧な口調でお断りのメールを送らせていただいたところ、オーナーからは「最近田中さんもマンガが売れてきて忙しいみたいなので、今年からは他の先生にお願いしようと思います。」という丁寧なお返事をいただいた。メールそのものは丁寧な口調で嫌みのない内容なのだが、感謝の言葉は書いていなかった。

数年前のボクであれば「毎年タダでイラストを描いたのに、感謝の言葉もないのかよ!」と憤ったに違いない。しかし最近はボクも考え方を変えた。今件は全面的にボクが悪かったのだ、と。
つまり最初に依頼があった段階で、ボクには「断る」という選択肢があった。その段階で断ったとしても、オーナーはボクを「ファンをないがしろにしやがって、ケチなヤツだ。」とは思わなかっただろう。ダメ元で依頼してきたのだから。

なのに、ボクは引き受けてしまった。毎年新たなイラストを描くうちにオーナーに「田中さんは毎年こころよくタダで描いてくれる人だ」という誤ったメッセージを送ってしまったのだ。ボクの本心は「こころよく描いている」わけではなかった。年を経る毎にオーナーが「描いてくれて当然」という感じになっていることにイラっとしていたのだ。そもそもファンだからタダで描いて、という依頼にすべて応えてしまったら身体がいくつあっても足りない。そして、引き受けた限りはイラっとしてはいけないのだ。その段階で断るべきなのだ。

無料で描くと言うことは自作のブランドを落とすと同時に、相手を勘違いさせてしまうことにもなる。ひょっとしたらオーナーはボクが途中でギャラを要求したことによって、結果的にボクのファンではなくなってしまったかもしれない。最初に断っていたら今もファンのままだったかもしれないのに。

この話を友人にしたところ、端的な回答をくれた。「もしも知人が電器店を経営していたとしたら、その知人に、テレビをタダでくれ。毎年新型に入れ替えてくれ。なんて言う人はいないだろ?」

そうなのだ。オーナーの要求はそういうことであり、ボクは最初に断るべきだった。仮に断らないのなら最後まで無料で描き続けるべきだったのだ。

無料で描くことで、いつかそのうち見返りを・・・という気持ちを抱くことが一番マズい対応だった。考えてみたら、親しい友人から、こういった無料でのお願いをされたことは一度もない。友人の多くがクリエイターかフリーランスであり、こういう要求をプロ作家に求めることに抵抗があるのかもしれない。

なんにせよ、無料で描いて欲しいという要求については、よくよく熟考して返事をすべきだと思う。

タグ , | 2020/06/16 更新 |