田中圭一のゲームっぽい日常 大人になってもジジイになっても好きになれないヤツ

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ボクは、食べ物に関しては好き嫌いがほとんどない子供だった。
だからといって子供が嫌うテッパンの食材であるニンジンやピーマンが好物だったわけではない。食卓に並べば残さず食べてはいたが、たいして美味しくないな、と思いながらもぐもぐやっていた。

特に子供のころ苦手だったのは酢の物だった。
きゅうりとワカメの酢の物は、しばしば食卓に並んだ。ムダに酸っぱい感じとワカメのヌルっとした食感がダメだった。もちろん、食べ残すことはなかったが、母親に進んでオーダーするようなことは絶対になかった。

同じように子供のころ苦手だったのは、ひじき(味も食感も中途半端)、ふき(繊維が気になってやな感じ)、こんにゃく(食べ物っぽくない食感がダメ)、高野豆腐(スポンジっぽい食感がイヤ)、そうめん(のどごしがキライ)、れんこん(しゃきしゃきした歯ごたえが食べ物らしくない。あと、味がない)、などなど・・・繰り返し言うが、だからと言って食べなかったわけではない。食感や味が嫌いだと思っても、空腹の方が勝ってしまい、しっかり食べていた。

それから40年近い年月が過ぎ、もう初老の域に入ったボクの味覚は大きく変わった。

まずは、酢の物。口に入れるとお酢の酸味が全身に染みこんでとても爽やかだ。特に疲れた時に身体をリフレッシュしてくれるような感じがする。

ひじきはまろやかで奥深い海藻の味が舌に優しくて好き。

ふきは煮浸しが最高だ。だし汁の味と繊維の歯ごたえが食べていてほっとする。

こんにゃくは和食にとって欠かせない食材だと思う。豚汁、雑煮、すまし汁に入れてよし、酢味噌で食べてもよし、おでんの具としても欠かせない名脇役だ。

高野豆腐の柔らかい噛み心地としみ出る甘いだしの奏でるハーモニーが日本人であることの喜びを感じさせてくれる。食べていると鹿威しのコーン・・・という音が聞こえてくるようだ。

暑い日のそうめんも最高だ。喉を通る涼しげな感触。まるで渓流のせせらぎが聞こえてくるような清涼感を持つ麺類はこれをおいて他にない。

どれもこれも、愛おしい食材たち。子供のころはまったく気づくこともなかった。例えると、近所に住む幼なじみの少女が、大人になったある日、じつはとても美しい女性だったことに気がつく、そんな感じだろうか?

さて・・・残るは、れんこんだ。

正直言って50代になった今でも、れんこんのどこがいいのか、さっぱり理解できない。しゃきしゃきした食感がいいと言う人は多い。それは否定しない。でも、なんというか、育っちゃったタケノコみたいな「食べてイヤじゃないギリギリの堅さ」とでも言うのか、そして大人になった今も、味が感じられない。甘くもないし深みもない。食べ残したりはしないけれど、間違っても居酒屋で積極的に注文することはない。それが50代になったボクにとっての、れんこんだ。

田中さんは本当に美味しいれんこんを食べたことがないからそんなことを言うんだ、という人もいるだろう。しかし、ボクは50年間あらゆるところで食べてきたよ、れんこんを。

子供のころ苦手だった食材は、すべて克服した。そのうえで言うんだから、間違いない。れんこんは、ボクにとって「食べたくないけど、出されたら残すほどでもない、ほぼどうでもいい食材」なのだ。

タグ , | 2020/06/16 更新 |