田中圭一のゲームっぽい日常 笑いのトレンドはループする

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名前は伏せるが3年ほど前に、若い人を中心にヒットしたギャグマンガがあった。シリアスな絵で格好いい主人公が活躍するギャグマンガ。ここ10年ほど絶えて久しい「クール系ギャグマンガ」だった。

しかしながら、私の周囲のマンガ読みや評論家は、その作品を評価しなかった。「なんら新しさを感じない。あれは過去にあった○○という作品の焼き直しだ。」というワケだ。

たしかに80年代中盤に泉昌之さんの「かっこいいスキヤキ」を中心にクール系ギャグのブームがあり、2000年代前半には野中英次さんの「魁!!クロマティ高校」を中心に第2次ブームがあった。

仮に、今16歳の人(2000年生まれ)にとって、第2次ブームのころはマンガを読める年齢ではなかったはずだ。つまり、例の作品によって彼らは初めてクール系ギャグマンガを知ったのである。熱狂するのは当然だろう。そういった背景を考えると「なんら新しさを感じない。あれは過去にあった○○という作品の焼き直しだ。」という評論は正しいとは言えないように思う。

過去に似たような作品を知っているから、若い読者が熱狂していても自分は評価しない、というのは作品を客観視できていないのではないだろうか?もっとも、逆に若い読者こそ過去の作品を読んで近視眼的な評価をすべきではないとの意見もあるだろう。

それはどっちでもいいとして、今回のテーマは「作品の客観視」ではなく「ブームはめぐる」ということ。

大学でギャグマンガを教えていると、その歴史というかトレンドの移り変わりを無視できない。先日授業で「ごっつええ感じ」のコントを紹介して、学生に感想を求めたところ「ツッコミがないのにギャグが成立しているのに驚いた。」というのだ。

考えてみたら、あのコントが作られたのは90年代だ。あの時代はマンガもコントも「ツッコミがない」のが当たり前の時代だった。マンガでは吉田戦車さんや和田ラヂヲさんが描く「不条理系」のブームで、これらは基本的にボケっぱなしのマンガだった。

今の学生が見ると、ツッコミがないのでどこで笑っていいのかわからないと感じるみたいだ。

そもそも、ギャグマンガのトレンドは60年代~70年代半ばまでは赤塚不二夫さんの天下であり、そのスタイルは「ボケっぱなし」だった。70年代半ばに登場した山上たつひこさんの「がきデカ」が大阪漫才のようなツッコミを入れるギャグマンガで一世を風靡、そのトレンドは80年代後半まで続いた。その後、90年代に入って吉田戦車さんの不条理ギャグが再度「ボケっぱなし」を呼び戻し、00年代に入ると「ボケっぱなし」と「ツッコミあり」の混在の時代に入る。

こんな形で、ギャグマンガの潮流は10年単位で変わっている。

ボク、田中圭一は山上たつひこさんの影響を大きく受けて「ツッコミあり」のギャグマンガ家として80年代半ばにデビューしたが、ほどなく「ボケっぱなし」のムーブメントが巻き起こり、ボクの人気も低迷した。その後ボクは、トレンドに左右されない「モノマネ・パロディー」というジャンルに逃げ込んで難を逃れてきた。

しかし、このところ「ツッコミあり」で「ドタバタ系ギャグ」が若い人に受け入れられつつあるように思う。その証拠に拙作「Gのサムライ」が20代の人にもウケているのだ。デビュー以来ボクが作ってきたギャグマンガは変わることなく「ツッコミありのドタバタ」だった。長く低迷していたが、そろそろトレンドとボクの得意技がマッチしてきたのではないかと、密かにワクワクしてきている。

タグ , | 2020/06/16 更新 |