田中圭一のゲームっぽい日常 恐怖!憑依された人たち

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これは、知人のプランナーが体験した怪談話である。

彼……仮にAさんとしておこう。プランナーAさんは、ある出版社に「分冊百科」の企画を持ち込んだ。いわゆるディアゴスティーニのような、毎週パーツやDVDなどの付録の入った本が届いて百科事典や模型を完成させていく週刊誌だ。

企画会議は難航を極めたが、最終的にはGoサインが出た。その際、Aさんの企画に最後まで反対していた出版部長の対応をAさんはとても不快に感じていたという。その部長は、ことある毎にAさんの企画の問題点や不備な点を大きく取り上げ、それが解消されると別の問題点をクローズアップするといった、最初から企画を通さない姿勢で会議に臨んでいた。Aさんの目には、企画にケチをつけることを生きがいにしているようにさえ見えたらしい。それでも周囲の声に推されて部長は折れ、企画はOKとなったのだ。

そして、その分冊百科は発売されるやいなや大ヒットとなり、出版社の売上げに大きく貢献した。時期を同じくして例の部長が会社の上層部に「自分の正しい選球眼が、この企画にOKを出したのだ。」と報告した。そればかりか、周囲に「あの企画は俺のアイデアだ。」と真顔で語り始めた。部長はAさんに対してもまったく悪びれる様子もなく「企画の勝利ではなく、成功の確率を正しく見抜いた自分の力による勝利だ。」胸を張って言ったのだ。Aさんは出版社ではなく外部の人間だ。部長の態度に文句を言える立場ではなく、打ち上げの席でも部長の自慢話に延々とつきあわされたのである。

私も長くサラリーマンをやって来て、こういう人種に遭遇することが何度かあった。彼らは発売前と発売後(予想に反して大ヒットした後)とで、別人のように態度が変わってしまう。「あの時、絶対売れないって言ってたじゃないですか!」などと詰め寄ろうものなら烈火のごとく怒り出し「そんなこと言った覚えはない!」と反論してくる。まるで別人に憑依されたみたいだ。怪談としか言いようがない。

 

さて、私が経験した事例はこれとは少しばかりちがうが、同じく背筋も凍る話しだ。

私がマンガ家としてデビューし、連載を抱えて忙しかった頃、出身大学の先輩(同じサークルでマンガ家デビューを目指していた先輩)から酒の席に呼び出しを受けた。忙しくとも先輩の命令とあっては逆らえない。行くしかなかったのだが、どういうわけかその先輩は「ひとりで来るな。アシスタントも同席させよ。」という注文を付けてきたのだ。そうか、私だけではなくアシスタントにも奢ってくれるのかと思い、3人のアシスタントを連れて居酒屋へ向かった。

なんと先輩はメジャーな雑誌での連載が決まったとのことで、その祝いの席だったのだ。それならそうと言ってくれればお祝いの一つも持って行けたのにと思いつつ、乾杯したのだが、どうも先輩の様子がおかしい。多少悪酔いしていたのだろうが、とにかく発言が攻撃的だった。メジャー雑誌での連載決定で有頂天になっていたのか、ことごとく私をバカにして来た。マイナー雑誌にしか描けない程度の才能であるとか、邪道で一般受けしないギャグマンガであるとか、あげく私のアシスタントに「この先生の下では絶対にデビューできないぞ。」とまで言い切った。もちろん先輩相手に反論などできないので、心の中で「たとえマイナーでも、この先輩よりも長く業界に残ってやるぞ。」と誓った。それはそれは悔しい一夜だった。

それから20年くらい経ったある日、とあるパーティーでその先輩と偶然再会した。

先輩はあの日から10年と持たずに仕事がなくなり業界から姿を消していた。私はまだ現役だった。あの悔しい一夜を忘れたわけではなかったが、今さらそれを話題にすることもないと思って、にこやかに近づいた。だが、その日も先輩のご機嫌は斜めで、いきなり私に絡んできた。ちょっとした口論になり、カッとなった私は、言わなくてもいいのに「あなたに邪道でマイナーと言われた私は今でも生き残っている。」という内容のことを口にしてしまった。

言っちゃった……と思いつつもその場の勢いもあってすぐには謝れない雰囲気だった。その時先輩はこんなことを言いだしたのだ。「あの時オレがキツイことを言わなければ、お前なんかとうに業界から消えていた。オレに感謝するならまだしも、そんな言い方をするとは……人間こんな風に腐ってしまってはおしまいだな。」と周囲に聞こえるように怒鳴ったのだ。

さすがにこの時は全身の力が抜けた。あの日私が罵倒されたことは、感謝すべきことだったのか?私の成長を促そうとしてキツいことを言ったのか?……絶対にそんな気持ちはなかったはずだ。でも、先輩の心の中では、いつの間にかそういう設定にすり替わっていたのだ。またしても別人に憑依された怪奇現象だ。

こういうエピソードを経て、私は、失言や間違った態度を取ってしまったら、その後どんな状況におかれても、キチっと謝罪すべきだと思うようになった。発言には責任を持つのが当然だし、間違いを認めて謝罪できる程度の柔軟性は失いたくないものだと心底感じている。

今回は説教臭い話で申し訳ない。普段の私はそんなタイプではないのだが、どうやら今、私には別人が憑依しているようなのだ。

タグ , | 2020/06/16 更新 |