田中圭一のゲームっぽい日常 裏切られる瞬間

このイラストはフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

つい先日、とある女性の国会議員が、秘書を罵倒し暴力を振るっている(と思われる)音声が公開され話題になった。また、そのニュースについてコメントを求められた別の政治家が「女性だからニュースになっただけ。男の政治家には、あんなのはたくさんいる。」と発言して、これまた話題になった。

あの罵倒はそれなりに衝撃的ではあったが、サラリーマンを長くやっていると、時々ああいう行為が日常化している経営者や社長を見ることがある。

今ではネットの発達で音声が世に出てしまうこともあるようだが、例の国会議員の件や、似たような経営者の件について、これまで情報が外に漏れることは少なかった。なぜなら、議員と秘書の間にある程度の信頼関係があり、音声を録音して一般に公開することは信頼関係を裏切ることにもなるからだ。

では、その信頼関係とはなんなのだろう。

前述した、社員を罵倒する経営者のケースを見てみると分かりやすい。
彼ら経営者には天才的な能力があり、それによって会社の屋台骨が支えられたりしている場合がある。社員は罵倒されつつも、その天才によって給与が生み出されているのだから、それも給料分として諦める、または天才的な能力に対するリスペクトが反抗心に勝ってしまう、ということも多い。

秘書を罵倒する政治家が多いにも関わらず、音声が外に漏れ出さないのは、秘書による「その政治家を支えたい」という想いや「これを乗り越えて上を目指す」という気持ち、そして徒弟制度さながらの主従関係が生きている世界だから、ではないだろうか。

しかしながら、時々、こういった「部下への罵倒、暴力」は、被害者によって世間に暴露される。

当然ながら、パワハラは問題だし、絶対あってはならないことだ。部下という力の弱い存在に対して、力で威圧する姿勢や癖は、どれほどの天才でも人として軽蔑に値する側面だと思う。

では、罵倒された側が相手を「許せない」と感じるボーダーラインは、どこにあるのだろうか?

考えるに、その政治家や経営者を「リスペクトできない」と感じた瞬間ではないだろうか?反撃に出るか、気持ちを抑え込むかは別にして「もう尊敬に値しない人だ」と思った瞬間、部下の心は離れていく。

会社員なら退職を考えるか、辞めないまでも仕事で能力を発揮するのがイヤになっていく。会社に取ってはマイナスだ。さらに酷い場合は、パワハラを外部に暴露されてしまう。政治家であれば致命傷だ。

天才的な能力を持つ人に「部下や後継者を育てる」という意識は低いのかもしれないし、天才ゆえに「凡人に天才的な能力を教えることができない」ということもあろう。

そして、能力の高い人からは、凡人は「さぼっている人」「向上心のない人」に見えて苛立つのかもしれない。

どうあれ、部下への叱責は「罵倒」であってはならないし、「信頼関係の構築」と「部下の能力育成」が目的でなければ、その天才はいつの日か周囲から裏切られることになる。

ボクは凡人であり、今は徒弟制度と無縁の世界に生きているので、とりあえず当面は「裏切り」とは縁がないと思うが、周囲に迷惑をかけていないか、常に注意を払うことは忘れないようにしている。

え?様々な版元さんに迷惑をかけているじゃないか・・・って?・・・はて?そんなことした覚えはないけどなぁ。

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